たかが花だが、されど花

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1年半ほど、フランスで暮らしていた。
指導教官に勧められ、留学をしたのだが、これがまた絵に描いたような留学生活とは程遠いものだった。
読み書きは普通にできていたし、会話も日常会話ならできるし……
なんて甘かった。
大学の授業で話されるフランス語のスピード、授業のレベル、全てがケタ違いで、ついていくのがやっと。
授業が終わるとヘトヘトで、家に帰る頃にはヘロヘロ。
毎日、自分の出来の悪さに泣いていた。半分くらい抑うつ状態だったと思う。
友達も積極的にはつくらず、家と学校をただ往復して、早くこの日々が終わらないものかと、そんなことばかり考えていた。

そんな時、いつも歩かない道を歩いていた。
(正確には、家のド近所で道に迷っていた。何を隠そう、私は極度の方向音痴である。)
すると、一軒の花屋をみつけた。
小さいけど趣味が良く、店先にならんだ花たち全てが生き生きしていた。

恐る恐る店に入ると、感じの良いマダムが迎えてくれた。
40代くらいだろうか。飾り気のない、でも人の良さが滲み出る人だった。
店の中に並ぶ花も、華やかなものから、素朴で可愛らしいものまで、
とにかくセンスがよく、私は一瞬でトリコになった。

「日本人?」とマダムに尋ねられたので、そうだと答えると、
そのお店では日本人のインターン生が多いのだと教えてくれた。
5分くらいだろうか、マダムとおしゃべりをして、小さなブーケを作ってもらい、家に帰った。

帰宅してふと思った。
「あ、私ちゃんとコミュニケーション取れた。」

ずっと失っていた自信。打ちのめされた心が、ほんの少し息を吹き返した気がした。
マダムに教わった通りに花を活け、机に飾ってみた。
「生きている」と思った。

大げさではなく、花に救われた。
それから定期的にマダムのお店に通い、季節の花を買うようになった。
季節のうつろい、植物の生命力、花や緑の香り、
それらは辛く暗い日常に、明るさをもたらしてくれた。

日本に戻った今も、その習慣は続いている。
落ち込むことがあった日は必ず花屋に立ち寄り、花を買う。

たった一輪が、心を潤してくれる。
そう思えるものを見つけられたことは幸運だと思う。

あの日、道に迷ったことがもたらした一つの出会いが、生活を照らす術を与えてくれた。