けむりのような恋もあった

 

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林伸次さん
の小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』ってすごく秀逸なタイトルだと思う。
ご本人と編集者の方のセンスにただただ脱帽するしかない。

そういえば昔、なにげなく始まってなにげなく終わった恋があった。
はじまりはもう8年くらい前のことで、終わりは多分3年ほど前。

その日は季節外れの台風が近づいている5月の雨の日だった。
そこらじゅうに雨に濡れた緑の香りが充満していた。
私とその人と共通の友人の3人で食事をする予定が、共通の友人が急に来られなくなり、キャンセルするのも、ということで2人で出かけることにした。

恵比寿のワインビストロで、ホワイトアスパラに温泉卵が乗っかっているものを頼んだこと以外、あまり覚えていない。
2人でひたすら飲んで、飲んで、そして話をした。
お店を出るころ、接近していた台風はどこかへ行っていた。

その日から始まった。行ったり来たりを繰り返し、行き止まり、一方通行、回り道を永遠に彷徨う恋が。

その人は人を愛することを極度に恐れていた。
自分が誰かを愛することなどできない、と本気で思い、悩んでいた。
それでも、私には「愛されたい」と無言の叫びが聞こえるようだった。
1年に1度、もしくは半年に1度くらいしか会わなかったけど、会うと必ず私の存在を確かめるように強く抱きしめて、「あなたはいつもいい香りがするね」と言った。
だから、私は5年間一度も香水を変えなかった。

多分、愛し合っていた。
普通の恋人同士とは程遠い、ねじれにねじれた関係だったけど、
お互いを心から欲し、必要とし、愛し、そして時に憎んだ。
自分の心に潜む醜さを突きつける、この愛を。

忘れたくて、ほかの人と付き合ったこともある。
それでも、心の一番奥にいつも棲みついて、ふとした時に首をもたげる。
ある夜、「あたなは私のもの」と眠りに落ちる瞬間にその人が呟いた言葉に、まるで呪いのようにとらわれていた。

ある日、半年ぶりに連絡をとった時、その人が何気なく放った言葉が私をひどく絶望させた。失望を通り越して、絶望だった。
そして、それまでの5年間が一瞬で、あまりにも一瞬で、終わった。

あんなに愛して、愛して、人を愛するとはこんなにも苦しいのか、とのたうちまわるほどの恋。
殺してしまいたい、そう思うほどめちゃくちゃに愛していた。

でも、こんなものだったのだ。
たった一言で終わる程度の。

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには
立原道造「のちのおもひに」)

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