dream of rain

Evernoteを整理していたら出てきたので、ここに供養します。

あの人が姿を消したのは、これで何度めだろう。姿を消し続けてくれればいいものの、消えては現れ、現れては消え、まるで満ち欠けを繰り返す月のやうだ。「もう会うのはよしましょう。」そう告げた口で、平然と「話をしよう」と言うのだから、会わないと決めた時の記憶があの人からはすっかりと抜け落ちているのではないかといつも思う。

あの人は水のような人だ。掬ったかと思うと指の間からこぼれ落ちてゆく。時に静かに流れるせせらぎのようで、時に荒々しく全てを飲み込み破壊する濁流のような人。澄みきっているが、おそろしく冷たい。穏やかな流れかと思い、足を進めると、ふいに足元をすくわれる。だが、人が水を求めずにはいられないように、否応なく惹きつけられてしまうのだ。

考えてみれば、はじめて二人きりで会った日も雨が降っていた。朝から雨が降り続いていて、夕方、並んで外に出た瞬間、雨上がりの湿った空気が鼻孔に触れた。濡れた紫陽花の間を、あの人の背を追うように歩いた。雲の間から、少しだけ夕陽が射し、水滴が輝いていたように思うけれど、それは私の記憶があまりに綺麗に上書きされているのかもしれない。記憶は時々現実をはるかに超えるように彩色されるものだ。食事の最中、列島に近づいていた台風が雨風を強めていた。そんなことには少しも気がつかなかったけれど。食事を終え、店を出る頃には雨風はおさまっており、嵐が通り過ぎた後の街が残っていた。雨の匂いと共に。

今でも雨が降ると思い出す。背にした窓に打ちつける雨の音をBGMにして交わした会話。当時つけていたピンキーリングを見て「なんて小さくてなんて可愛い」と言ったこと。私の犯してきた罪を大きく包み込んでくれたこと。あの雨はあの人という恵みを連れてきてくれた。

あれからあの日はすっかり消えた。こちらからの連絡にも応えない。まるですべてが夢だったかのようだ。静かな、雨の、夢。